J:COM杯 子ども将棋大会
J:COMでは、小中学生に将棋の楽しさを知ってもらうとともに、将来の棋士を目指す小中学生の登竜門となることを願って2012年から「J:COM杯3月のライオン子ども将棋大会」を開催しています。
当初はJ:COMのサービスエリアのみで開催されていた地区大会でしたが、2019年からは東海地区・中国地区での開催もはじまりました。今後も、本大会を通し、子どもたちのプロ棋士を目指すきっかけづくりをお手伝いしていきます。
主催:J:COM、囲碁・将棋チャンネル / 共催:日本将棋連盟 / 協力:白泉社
第15回大会は7月11日(土)から10月24日(土)に、北海道・東北・関東・関西・東海・中国・九州で地区大会を開催します。また15回大会記念として北陸大会を開催します。各地区大会で「令和6年能登半島地震災害義援金」を募り、被災地へお届けする予定です。
各地区大会の成績上位者による全国大会を11月28日(土)に東京・将棋会館で開催する予定です。現在地区大会参加者を募集しています。詳細は大会公式サイトでご確認ください。
- ※「過去の大会記録」「過去の全国大会特別番組」は子ども将棋大会公式サイトに移行しました。
大会について
本大会は初心者向けの「交流クラス」と、全国大会を目指す「全国クラス」に分かれており、「全国クラス」を勝ち抜いた上位入賞者は将棋会館でおこなわれる全国大会に臨みます。
各地方大会には豪華プロ棋士たちが来場し、トーナメント戦以外にも、プロ棋士指導対局や大盤解説等の催しをお楽しみいただけます。
全国クラス 対局
交流クラス 対局
プロ棋士指導対局
大盤解説
漫画「3月のライオン」
立ち読みコーナー
アプリ「将棋ウォーズ」
体験コーナー
「第15回大会開催記念イベント」を実施しました。くわしくはこちら
大会に込められた想い
「J:COM杯3月のライオン子ども将棋大会」が生まれたきっかけについてご紹介いたします。
第1回大会表彰式の様子
上段 左から、故米長永世棋聖、J:COM田口(当時)
下段 獺ヶ口 笑保人さん(第1回大会優勝)
この大会は、故米長永世棋聖(元日本将棋連盟会長)の一言から生まれました。
ある就位式のパーティで、米長会長(当時、以下同じ)にJ:COMの役員がご挨拶をした際、ゆっくり話がしたいということで、後日、将棋会館に米長会長を訪問したところ、タイトル戦についてお話をいただきました。
その後の打ち合わせの中で、日本将棋連盟の普及の方針と、J:COMの子供たちの挑戦を支援したいという思いが一致し、現在の子ども将棋大会として結実することになりました。
小中学生の区別なく地区予選から全国大会に進むという他の大会にはない特色や、豪華なゲスト棋士など、日本将棋連盟、囲碁・将棋チャンネルのご支援や、熱心な子どもたちや保護者の方々のお陰で盛況さを増し、プロの棋士への登竜門の一つと位置づけられるまでになりました。
米長会長はその後病魔に侵され公式の場から離れておられましたが、2012年7月に東京スカイツリーで行われた第1回大会の表彰式には主賓として来場されました。残念ながらその年の12月に急逝されてしまいましたが、この大会を米長先生の遺訓の一つとして受け止めております。
今後も、将棋界の益々の隆盛のため、プロ棋士を目指す子どもたちの成長に少しでも貢献できる大会として、これからも一つ一つの大会を大切に、心を込めて主催してまいります。
奨励会支援および「J:COM賞」の贈呈
日本の将棋界を担う若者たちへ 奨励会支援と「J:COM賞」の贈呈
J:COMは日本将棋連盟内の棋士養成機関である奨励会の運営に活用いただけるよう、毎年寄付を行います。奨励会への企業支援は当社が初となります。また、新たに棋士となる四段昇段者のこれまでの精進・努力を称え、棋士として活躍して頂くことを応援できる品物を「J:COM賞」として贈呈します。今後の大一番で着用していただくことを願い、2021年度はスーツ仕立券を贈呈しました。
「J:COM賞」の授与は、大会に参加する子どもたちの目標となる存在になってほしいとの願いから、「J:COM杯 3月のライオン 子ども将棋大会」の会場を中心に行います。
奨励会からは、通常、年間4人がプロ棋士になり、また原則26歳までという年齢制限の中、才能あふれる子供たちが切磋琢磨し、人間形成する場でもあります。 J:COMは、プロ棋士という狭き門に向かって一途に取り組む若者たちを応援してまいります。
J:COM賞 受賞者
- ※敬称略
2026年度 贈呈式
小窪 碧 四段
(2026/7/26子ども将棋大会関東大会内)
受賞コメント
正直に言うと、僕はずっと順調だったわけではありません。奨励会に入ってから初段までは比較的順調に進めたと思うのですが、初段では一勝一敗を繰り返す時期が長く続きました。勝っても次に負けてしまう、という状態だと昇段には届きません。このままではまずいな、と思いながらも、なかなか抜け出せない時間がありました。
降段が見えた時に、気持ちが変わりました。さすがにこのままだと本当にまずいと危機感を持ち、そこから将棋への向き合い方が変わり、二段、三段へと順調に進むことができました。自分は楽観的なところがあって油断してしまうこともありますが、本気で危機感を持った時に切り替えられたのかなと思います。
三段になった頃、高校生活も楽しんでいました。特にゲームに熱中して、正直ずっとやっていた時期もありました。戦略を考えて一位を目指すところは将棋と似ている部分もあって、楽しかったんです。ただ、その分将棋の成績が落ちてしまい、ゲームを一度封印しました。そこから結果が戻ってきて、努力した時はちゃんと結果につながるんだと実感しました。
四段になってから少し心に余裕ができました。三段リーグの時は、とにかく勝つために研究して、対局して、また研究して、という毎日でした。もちろん大事なことですが、ずっと張り詰めている感じ、苦しくて将棋を楽しめていない時もありました。今は新しいことにチャレンジをしやすくなりましたし、研修会・対局・イベントなどの過密日程は自分に合っているみたいで、いろいろな方と交流できることも楽しみです。研究会が多い方なのですが、その後の先輩の棋士とのプライベートの交流なども楽しいです。
子どもの頃は、サッカーや水泳、ピアノ、習字などいろいろな習い事をしていました。その中で将棋が残ったのは、大会で仲の良い友達ができたからだと思います。大会で会って一緒に話して、また次の大会で会う、その繰り返しが本当に楽しかったです。
将棋を楽しんでいる子どもたちには、ぜひ仲間をつくってほしいです。将棋は一人で考える時間も大切ですが、同じくらいのレベルの友達と一緒に頑張ることで、もっと楽しく、もっと強くなれると思います。大会は勝ち負けだけではなく、仲間と出会える場所でもあります。楽しむ気持ちを忘れずに、将棋を続けていってほしいです。
左からJ:COM大橋、小窪碧四段
川村 悠人 四段
(2026/7/26子ども将棋大会関東大会内)
受賞コメント
私にとって、奨励会で一番苦しかったのは、三段リーグで過ごした時間でした。勝ち越していても昇段には届かない期が続き、あと一歩のところで届かないもどかしさがありました。26歳の年齢制限が見えてくると、一局一局の重みが大きくのしかかってきます。22~3歳ごろからは、家族に誕生日を祝ってもらってもうれしく感じられないほど、精神的にも厳しい時間だったと思います。
技術的には将棋の力が伸びている実感はありましたが、結果がついてこない時期は苦しいです。自分では頑張っているつもりでも、昇段という結果に結びつかなければ、周りに良い報告もできません。その中で支えになったのは、家族や仲間、先輩棋士の存在でした。同じように将棋に向き合ってきた人たちの言葉や姿勢に、何度も励まされました。
昇段が決まった時、自分がうれしいという気持ちももちろんありましたが、それ以上に、これまで支えてくださった方々にようやく報告できるという思いが大きかったです。関西や東北から駆けつけたり、泣いて喜んでくれた方もいて、15年という長い時間をかけてきたからこそ、こうして喜んでくださる方々の存在が本当にありがたく感じられました。
四段になってからは、少し景色が変わったように感じています。三段リーグの重圧から離れ、将棋に向き合う気持ちにも余裕が生まれました。ただ、プロになることはゴールではなく、むしろここからが新しいスタートです。これからは、さらに上の舞台で戦える棋士を目指して、一局一局を大切にしていきたいです。
将棋を始めたのは、小学校時代の学童保育がきっかけでした。友人と将棋を指すのが楽しくて、そこから子どもスクールや道場、大会へとつながっていきました。振り返ると、子どもの頃に出会った将棋仲間とのつながりは、今でも自分にとって大切な財産です。
大会に参加する子どもたちには、まずは思い切って将棋を指してほしいと思います。勝ちたいと思う気持ちは大切ですが、勝ち負けだけにとらわれすぎると、新しい戦法や指し方に挑戦しづらくなることもあります。負けた将棋にも、次につながるヒントが必ずあります。いろいろな将棋に挑戦しながら、自分の幅を広げていってほしいです。
左からJ:COM大橋、川村悠人四段
古井 丈大 四段
(2026/7/26子ども将棋大会関東大会内)
受賞コメント
私が将棋を始めたきっかけは、同じ小学校で、近くに住んでいた友人でした。その友人が将棋をやっていると聞いて興味を持ち、両親も将棋のルールを知っていたわけではなかったので、最初は母と一緒に覚えたことをよく覚えています。
小学生の頃に棋士という職業を知った時、「こんなに楽しいことを仕事にできる、夢のような仕事だ」と感じると同時に、「プロ棋士になりたい」とはっきりと思いました。将棋を指すこと自体が楽しいという気持ちは、今も変わっていません。
奨励会には約8年半在籍し、そのうちの約半分を三段リーグで過ごしました。勝ち越しても昇段争いには届かない時期が続き、精神的に苦しいこともありました。特に成績を大きく落とした時期は、自分でもかなり考え込んでいたと思います。そこで一度、初心に帰って将棋を楽しもう、のびのび指そうと考え方を変えました。それが自分にとっての転機になりました。
家族には、将棋以外のさまざまな面で支えてもらいました。大学将棋部の友人や、昔から通っていた将棋教室の先生方にもたくさん励ましていただきました。四段になってから、久しぶりに連絡をくださる方も多く、自分が気づかないところで応援していただいていたのだと実感しています。
子どもの頃の思い出で特に印象に残っているのは、小学六年生の時の子ども名人戦です。成田山新勝寺で和服を着て対局し、優勝することができました。普段とは違う特別な雰囲気の中で将棋を指したことは、今でも強く心に残っています。
将棋を楽しんでいる子どもたちには、「将棋が好き」「将棋が楽しい」という気持ちを大切にしてほしいです。負けて悔しいこともあると思いますが、その気持ちも含めて将棋の経験だと思います。将棋を通じて、いろいろな人とのつながりも生まれます。そうした出会いや経験が、これからの人生の大切な引き出しの一つになってくれたらうれしいです。私自身も、初心を忘れず将棋への情熱を持ち続け、加藤一二三先生のように長く活躍できるプロ棋士でありたいと思っています。
左からJ:COM大橋、古井丈大四段
イベントレポート「J:COM杯 子ども将棋大会 15回大会開催記念イベント」
2026年6月1日(月)、東京・将棋会館にて「J:COM杯 3月のライオン 子ども将棋大会 第15回大会開催記念イベント」を開催しました。
本イベントには、お笑いコンビ・錦鯉の長谷川雅紀さん、渡辺隆さん、プロ棋士の豊島将之九段、さらに大会参加者の小中学生が登壇。「第15回 J:COM杯 3月のライオン 子ども将棋大会」と錦鯉の結成15年目を祝し、会場は終始笑顔と熱気に包まれました。
イベント冒頭では、錦鯉のお二人が将棋の駒「王将」「歩兵」をモチーフにした特別な被り物姿で登場。
長谷川さんは「なんで僕が王じゃないんですか!」と不満げな表情を見せ、渡辺さんが「どう見ても顔が歩だもんね」と切り返し、会場を沸かせました。続いて、昨年末の銀河戦決勝で藤井聡太竜王・名人を破り、見事6年ぶり2度目の優勝を果たした、プロ棋士の豊島将之九段が登壇。長谷川さんは「隠しきれないオーラがでていますね」と豊島九段の登場に喜び、渡辺さんも「将棋界の天才ですね!まさのりさんの逆だ!」とコメント。将棋界トップクラスの実力者の登場に会場の雰囲気はさらに盛り上がりました。
15回目を迎える大会にちなんで、それぞれの「15年前」を振り返るコーナーでは、錦鯉結成当時の写真を披露。渡辺さんは「お互い鳴かず飛ばずの時期だった」と結成当時の苦労を滲ませ、長谷川さんも「その頃はまだ衣装が買えるお金もなくて、家にある派手な洋服を衣装にしていました。将棋の駒を被ることになるとは思わなかったです!うれしい仕事をありがとうございます」と当時を懐かしみました。豊島九段はプロ5年目の21歳頃の写真を披露し「この頃タイトルを取ることが目標だった、時間がかかりました。漫画『3月のライオン』の中に自分の対局が出てきて嬉しかったこともありました」と大会との縁も振り返りました。さらに15年前の大会開始当時の写真も披露され、第1回大会で優勝し、現在プロ棋士となった獺ヶ口笑保人四段の写真も紹介。プロ棋士への登竜門にもなる歴史ある大会の歩みを辿りました。
最後に、錦鯉の結成15年目と大会の開催15周年を記念して、豊島将之九段より“将棋ケーキ”がプレゼントされました。“錦鯉”の文字が描かれたスペシャルなケーキを見て、長谷川さんは「うれしい!すごい!錦鯉の駒が飾られている!」と喜びを表現しました。豊島将之九段は、本大会に出場する子どもたちに向けて、「将棋を楽しんで、一緒に将棋を指せる仲間を見つけてほしい」とコメント。子どもたちへ温かいエールを送りました。
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